【コーヒートレンド変遷】喫茶店からサードウェーブまで、日本の珈琲ブームの文化と歴史をたどる。

2026.01.23
SHERE

今回はいつもとは少し視点を変えて、日本におけるコーヒーブームの歴史、トレンド変遷を辿ってみようと思います。

日本は、さまざまなスタイルでコーヒーを楽しむ文化が育まれてきた国のひとつです。

文学と結びつきながら発展した喫茶店文化、コーヒーそのものの「味」に焦点を当てて深化していった流れ、そして日常の中で手軽に楽しめるスタイルまで、本当に多様です。

そんなコーヒーの文化を知ることで、自分の好みや楽しみ方の幅がもっと広がったら嬉しいなと思います。

日本で初めてコーヒーを飲んだのは誰?

日本で初めてコーヒーの記録が確認されたのは江戸時代。

鎖国の時期に唯一の西洋との窓口だったオランダ人 が長崎・出島を通じて持ち込んだとされています。

17世紀後半(江戸初期)にはすでに日本に伝わっていたとされ、出島の商館でオランダ人と数少ない日本人、芸者さんなどが楽しんでいたようです。

実際に、芸者のような風貌の女性を囲み談笑する絵巻の中で、コーヒーカップセットが描かれています。

つまりコーヒーを日本に持ちこんだのは、オランダ商人というのが定説です。

長崎・出島のカピタン部屋に展示されているコーヒーセットの模型。

当時のコーヒーは薬として捉えられる側面もありましたが、多くのオランダ人は砂糖を加え、嗜好品として楽しんでいたそうです。

記録として残っている「コーヒーを初めて飲んだ日本人」

もっとも古い記録は、1804年(文化元年)に蘭学者で狂歌師でもあった 大田蜀山人(本名:大田南畝) が残した日記『瓊浦又綴(けいほゆうてつ)』です。

彼は当時、長崎奉行所でオランダ船に招かれ、「カウヒイ(コーヒー)」なるものを口にしましたが、その味を「焦げくさくて味わうに堪えず」と率直に記しています。

やがて蘭学の世界では、コーヒーが「薬」として少しずつ注目されるようになります。

特に 宇田川榕菴は、翻訳書『植学啓原』でコーヒーを解説し、医薬品的な効能を紹介しました。

さらに彼は『哥非乙説(こひいせつ)』という書でコーヒーを取り上げ、蘭和対訳辞書に「珈琲」という当て字を記した人物ともされます。

これが、日本語表記「珈琲」の初出だと言われています。

このようにコーヒーが日本に広まったのは江戸時代初期であり、西洋文化が開国とともに少しずつ流入し始めた時だと考えられています。

そもそもオランダ人が商館にコーヒーを持ち込んだ理由として、飲料目的だけではなく薬としての役割も果たしていたようです。

では次章から日本におけるコーヒー文化の歴史を見ていきましょう!

日本初の文芸雑誌といわれる『我楽多文庫』第一号(1888年5月)に掲載された「可否茶館」の宣伝記事。文房室、玉突場などの設備についての記述が見える(国立国会図書館蔵)

第一次コーヒーブーム| 喫茶店がつくった“居場所”の文化(1950〜70年代)

1888年、東京・上野に開業した 「可否茶館(かひさかん)」 が日本初の本格的な喫茶店といわれています。

洋風の社交場として話題を呼びましたが、当時の日本人、特に庶民にとってコーヒーはまだ高価で味もなじみがなく、開店から間もなく閉店してしまったそうです。

現在の地図でいうと〈台東区上野1-1-10〉に記念碑が建てられています。

しかし、この流れをきっかけに、都市部には「カフェー」と呼ばれるおしゃれな店が増えていきます。

大正時代の銀座や新宿にはモダンな雰囲気のカフェーが立ち並び、芸術家や文学者、学生が集まる社交場となりました。

谷崎潤一郎や芥川龍之介などの文人も通い、作品の中にカフェの風景を描写しているほどです。

ただし、戦後になると「カフェー」と呼ばれた社交場は徐々に形を変え、現在のスナックのような立ち位置へと変化していきます。

戦前の文化的交流の場だった「カフェー」は戦後の復興期を経て、1950〜70年代に 「純喫茶」 として広がります。

店によってはジュークボックスや分厚い漫画雑誌が置かれ、学生が時間をつぶしたり、サラリーマンが商談をしたりする場所になっていました。

こうしてファーストウェーブの喫茶店は、単に「コーヒーを飲む場所」ではなく、自宅以外で過ごす “人々の居場所” として、日本の文化にしっかり根付いていったようです。

1930年ごろの喫茶店の様子

第二次コーヒーブーム |大規模チェーン店が広げた“日常のコーヒー”(1980年~2000年代初頭)

1980年代、日本の都市に新しいタイプのコーヒーショップが登場します。

代表格は〈ドトールコーヒー〉でセルフサービス式で価格もリーズナブルなことが特徴でした。

通勤途中にさっと立ち寄れるスタイルは、忙しいビジネスパーソンのライフスタイルに沿っていたためとても人気があったそうです。

そして1996年、ついにスターバックスが銀座に上陸。

シアトル発のエスプレッソ文化をそのまま持ち込み、カフェラテやキャラメルマキアートなど、デザート感覚でも楽しめるドリンクを提案しました。

「苦い飲み物」だったコーヒーが、「甘くておしゃれな一杯」へとイメージを変えた瞬間だとされています。

さらにスターバックスが提示した「サードプレイス」というコンセプト。

【家でも職場でもない、心地よく過ごせる第三の居場所】

従来の純喫茶とも違い、より開かれた空気で勉強や読書、仕事まで行える空間になっていきます。

セカンドウェーブが広めたのは、「誰にとってもコーヒーが身近になる」こと。

日常生活のリズムの中に、自然にコーヒーが組み込まれるようになっていった時期だと思います。

1989年のドトールコーヒー。

当時はヨーロッパスタイルの立ち飲み形式はドトールコーヒー、喫茶店の役割をになった〈カフェ コロラド〉も展開していました。

第三次コーヒーブーム|サードウェーブとも呼ばれる”スペシャルティコーヒー”の台頭(2010年~現在)

2000年代後半から広がったのが、サードウェーブと呼ばれる新しい潮流です。

キーワードは「スペシャルティコーヒー」。

どの国のどの農園で、どんな人が育てた豆なのか、どんな精製方法で仕上げられたのか、豆の背景にある物語まで含めて楽しむスタイルです。

焙煎もこれまでの喫茶店文化から引き継がれていた“深煎り一択”ではなく、果実味を引き出す浅煎りも人気になりました。

ハンドドリップやフレンチプレスなど、多様な抽出方法で味わいの違いを楽しむ人も増えています。

そして2015年、ブルーボトルコーヒーが清澄白河にオープン。

「コーヒー界のApple」と呼ばれるほど、洗練されたデザインと徹底した品質管理で話題をさらいました。

オープン初日は大行列で、これをきっかけに日本各地で個性豊かなロースターや独立系カフェが増えていったとされています。

さらにフェアトレードやオーガニック、サステナビリティといった他価値観も重なり、コーヒーは「美味しさ」だけでなく「地球や生産者に配慮した選択」にまで広がっていきました。

余談ですがTHE COFFEESHOPの一号店だった代官山店がオープンしたのは2011年。

都内で初めて(だと思っています…)スペシャルティコーヒーを扱うコーヒーセレクトショップとしてオープンしました。

営業当時のTHE COFFEESHOP代官山店

未来のコーヒー文化|テクノロジーの活用とサステナビリティ

ファーストは“居場所”、セカンドは“日常化”、サードは“物語と品質”と発展を続けている日本のコーヒー文化。

今後の注目ポイントとしては、2点あげられると考えています。

一つ目は”テクノロジーの活用”。

近年、業務用や一部の家庭用コーヒーマシンにはAIを搭載した製品が登場しています。

豆の種類や焙煎度、挽き目、湯温、抽出時間までを自動で最適化してくれるのが特徴です。

たとえば、同じ豆でも気温や湿度によって味が微妙に変わる場合がありますが、AIがこれを感知して最適な抽出条件に調整してくれます。

さらに最近のコーヒースケールはアプリと連動して、抽出レシピのログを自動で管理したり、修正レシピを考案することが可能です。

こうして、味覚だけでなく数値でコーヒーを管理することが当たり前の時代が、少しずつ近づいています。

もう一つのテーマは”サステナビリティ”。

サードウェーブで紹介したスペシャルティコーヒーの理念の一つです。

気候変動や複雑な産地の政治的状況、後継者問題でコーヒー生産が脅かされるつつある今、「持続可能な一杯」を選ぶということがより身近な選択肢になればいいなと思っています。

今回のマガジンが皆さんの知識や、コーヒーを楽しむ情報として役立てば嬉しいです!

acaia / Pearl Model S

専用アプリで抽出レシピを保存して誰とでも共有できる機能を持っています。

保存されているレシピに沿ったポイントを音声で通知することが可能です。

最新機能がある分、お値段は張りますがおすすめです!

WRITER

Mayuka Jimbo

THE COFFEESHOPのMAGAZINEコンテンツ、オンライン担当。

スペシャルティコーヒーの知識だけでなく、レシピの改善や、抽出技術の向上にも日々取り組んでいる。

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